大川硝子工業所

読みもの

あらゆる人と共生する街で、自転車屋としてできること

僕の好きな人 vol.5 -後編
Guest 長谷川勝之さん(じてんしゃの保健室 by 千輪)

ガラスびんを軸としながら、さまざまな分野の方とともに日々活動している大川硝子工業所。そんな大川硝子にゆかりのある人と代表の大川が、仕事や生活にまつわるあれこれをトークする「僕の好きな人」。第五回目の対談のお相手は、「じてんしゃの保健室 by 千輪」の長谷川勝之さんです。

前編では長谷川さんと自転車の関係から、仕事として取り組む中での変化について伺いました。
後編では、実際にご自身のお店を立ち上げてからどういったことに取り組まれているのか、長谷川さんの熱い想いに迫ります。

#自転車の寿命は直せなくなるまで

大川 長谷川さんと出会った頃はそういった背景を知らず、しばらくは自転車の修理をお願いする一客という間柄でしたよね。でも、僕も少しずつ環境問題や消費経済について考えるようになり、長谷川さんの姿勢や考えに触れて強く共感するようになったんです。

長谷川 嬉しいです。

大川 やっぱり根本的な部分を解決しないといい状態はつくれない、と気づいたというか。僕が扱っているびんも一緒で、とにかく使い続ける努力をすることが社会的にも環境的にもいいんじゃないかと思うようになったんです。さっき長谷川さんが言ったような安さを追求していくと、問題に対する人の感覚も鈍っていくだけだと思うし。
そういった状況に抗うメッセージとして、長谷川さんがInstagramで発信されている「#自転車の寿命は直せなくなるまで」というハッシュタグって本当に名言だと思うんです。すげえいいこと言ってるし、長谷川さんの気概を感じます。

長谷川 自転車業界にいた立場としては、こんなこと言ったら敵をつくるだろうなと心配でしたけどね(笑)
でも、中国に行って感じたこととか今までの経験を踏まえて、僕だから言えることなんじゃないかという気持ちもありました。自転車屋だと言いにくいかもしれないけどあくまで雑貨屋だし、同じ業界でも近いことを思っている人もいるんじゃないかと。

大川 自転車の里親制度みたいなこともやっていたじゃないですか。手放さなくてはいけなくなった自転車を長谷川さんが直して1年間貸し出しして、もっと乗り続けたい場合は譲渡してくれるという。そのアイデアも長谷川さんのスタンスがよくわかるし、すごく思い切ったやり方だなと思ったんです。ビジネスとしては金銭的な利益はほとんど生まれないかもしれないけど、そういうことの積み重ねによって信頼関係ができると思って。
実際にお店がオープンして10年以上経って、長谷川さんの考え方に共感する人も増えてきているんじゃないでしょうか?

長谷川 そうですね。お客さんもそうですけど、自転車屋さんからも共感すると言ってもらえることが増えました。

大川 僕も長谷川さんのそういう信念を貫いてきた姿に勝手ながら共感していて。自分の身の丈にあったやり方をしているというか、少しずつ実直にやっていくところを見習わないとなと思っているんです。
日本でSDGsが注目されるようになってからしばらく経ちますが、広まったタイミングでコロナになってしまったこともあり、ビジネスとしても問題解決としても噛み合わなくなって成立していないところがあるんですよね。実際、環境に配慮した飲食店なんかも軒並み閉店していてなかなか続かない。景気も良くないから生活者としてはそういったお店になかなか手が伸びにくいだろうし。

長谷川 なかなか難しいですよね。

大川 ただ、景気が悪くなってきたからこそ、長持ちするかとか先を見てものを買うようになってきている印象もあるんです。
そういった点で言うと、びんは使い続けることもできるし、捨ててもまたびんに戻るという二つのいい面があるんですよね。2023年にリリースしたBINKOPという商品は、当然コップだから使い続けるものだけど、捨ててもびんだからリサイクルできるものなんです。まさにいいとこ取りのものなんですけど、長谷川さんの考えに共鳴する商品だなと思っています。

長谷川 使い続けられる商品っていいですよね! 僕が現場にいて感じるのは、みんなあまり自分で考えなくなっていて。自転車業界に関して言うと、放置自転車問題からフェーズが変わりつつあって、電動自転車が増えたことで長く乗れたはずの自転車がまた捨てられるようになっているんですよ。電動自転車に乗り換えた人は、ますますメンテしなくなりましたし。実際、家電製品みたいになっちゃいましたね。

大川 修理の仕方とかもまた複雑になってそうですね。

長谷川 便利と引き換えに失っているものがあるんじゃないかと問題視しているんです。ちょっと目を向けたり手を入れれば解決することも、自分では対処せずにすぐ専門家に頼る傾向にあって。
例えば、電動自転車になってからタイヤに空気を入れない人が増えているんですね。電力でスイスイ走れてしまうので、タイヤが割れてから空気が抜けていたことに気づくということもたくさんあります。

大川 ああ…自分が使う身近なものなのに目を向けられなくなってしまうのか。

長谷川 もちろんテクノロジーは便利だし恩恵は受けていいと思っていますが、なんでも便利な物に買い換えるのではなく、選択肢として今あるものを「直す」ということもあるのをあらためて知ってもらいたいですね。使い続けることでいいこともあるかもしれないし、新しい発見もあるかもしれない。そういうことにアプローチができるといいかなと最近考えています。

大川 使い続けることでいいことでいうと、長谷川さんの修理ってデザインとかすごくこだわってくれますよね。以前、自転車のライトを変えたくて相談したらなかなか返事が来なくてどうしたのかなと思ったら、自転車に合う色をずーっと探してくれてて。

長谷川 この人だったらこういうのが好きそうかなとかは勝手に考えてますね。人の自転車ってよく観察すると、その人のことがわかるんですよ。ブレーキやタイヤの擦り減り方だったり、チェーンやギアの摩耗の様子でどんな乗り方をしているのかがわかります。この人はガシガシ乗る人だから、ブレーキはこうした方が良さそうだなとか、その人に合わせて調整するというのはありますね。

大川 その人との関係性だからこそ生まれる調整があるんですね。それをできる人って限られると思うんですが、長谷川さんの場合はそこに結構おもしろさを感じてやってますよね。

長谷川 そこはやっぱりバランスで、経済合理性だけに走ってしまうと心を失う感じがあるので(笑)
人が生きる上でやっぱりお金だけが目的ではないし、お互いに気持ちよく楽しく生きていきたいじゃないですか。なので、もちろん対価としてお金は頂くけれど、やれることはできる限りやるというスタンスですね。同じ街で共生している関係として、自転車屋ができることはやっていけるといいなと思ってます。

長く使うから気づけること

大川 もう本当に素晴らしいです。建物の老朽化によって、昨年からは拠点を移されたんですよね。

長谷川 そうなんですよ。西日暮里に移転しました。

大川 今度は「じてんしゃの保健室」という名前でやられてて。

長谷川 墨田区でやっているときに、よく子ども達に「自転車のお医者さんだ」と言われてたんです。ひたすら直せるものは直すスタンスだったので、そういう見方もあるなと思って。
ただ、電動自転車が普及して、電動パーツは基本メーカーのもので純正品を取り寄せないといけない。直したいけど部品が入手できない。一人の力では限界を感じたんです。だからお医者さんにはなれないなと思ったんですけど、今は電動自転車専門店もある、スポーツバイク専門店もある。そう考えると、僕の役割は応急手当てをする保健室の先生、「じてんしゃの保健室」だなと行き着いたんです。

大川 「保健室」という表現が長谷川さんらしくていいですよね。僕の自転車は結構古いものを使っていて、最初はいろいろとトラブルがあったんですけど、乗り方とか加味して徐々に調整してくれて、その寄り添い方も合っている気がします。
僕自身としては長谷川さんのマインドに感化されつつ、子どもにも同じことを伝えていきたいと思っているんです。でも、やっぱり子どもって新しいものを欲しがるじゃないですか。そこは尊重してあげながらも、大事に使いなさいよと言うようにしています。

長谷川 それは大事ですね。環境問題とかもよくテーマに挙がりますけど、押し付けたくもないですし。

大川 大事に使うことで気づけることってあると思うんです。僕の自転車も古いからトラブルがあるけど、こうなった場合はこうすればその場を凌げるよと教えてもらうことで、自分が持っているものを理解して使うということができているんです。そういうことを知るって結構幸せなことだと思うんですよね。

長谷川 構造や仕組みがある程度わかってくると、長く保つような使い方ができていきますしね。

大川 電動自転車の登場によって「自転車」がもはや従来のものではなくなってきているかもしれないけど、かつての自転車もなくなりはしないと思うんですよね。びんもそうだけど、なくなりはしないけど他のものに変わっていく部分は当然あるから、どう生き抜くかは我々の課題ですね。