大川硝子工業所

読みもの

趣向を凝らし続けて40年。底なきびんづくりの面白さ

僕の好きな人 vol.7 -前編
Guest 中野達也さん(株式会社山村製壜所)

ガラスびんを軸としながら、さまざまな分野の方とともに日々活動している大川硝子工業所。そんな大川硝子にゆかりのある人と代表の大川が、仕事や生活にまつわるあれこれをトークする「僕の好きな人」。

第7回目の対談のお相手は、株式会社山村製壜所の中野達也さん。山村製壜所は、業界で唯一、多色・多品種の少量生産システムを構築し、高い技術と多彩な表現力で品質にこだわったガラスびんを提供しています。大川硝子にとっても、インクびんやBINKOPの製造を担当してくださった心強い存在です。

中野さんと大川は年齢の差こそあれど、チャレンジングな姿勢を共有する二人。ひとつの商品へのこだわりから、業界全体の課題まで、深く広く語りました。

西と東の、びんを通した出会い

大川 これまでの対談ではクリエイターの方をゲストにお迎えすることが多く、まだガラスびんの話を全然できてないんじゃないかと思いまして。やっぱり大川硝子のようなディーラーはメーカーさんあってこそ成り立つものですし、そこはしっかり伝えたいと思い、今回は中野さんにお声がけさせてもらいました。

中野 兵庫までお越しいただいて、ありがとうございます。よろしくお願いします。

大川 さっそくさかのぼった話になりますが、山村製壜所は関西が拠点で、大川硝子のような関東の企業とは距離がありますよね。どういった流れで関係が始まったんですか?

中野 山村製壜所は40年ほど前に、兵庫県西宮市で立ち上がり、しばらくは地元の酒蔵を中心にガラスびんを生産、納入していました。ただ、次第に業界全体が縮小傾向になり、販路拡大のため京都、東京へとエリアを広げていったんです。それである人の紹介で、大川硝子に連れて行ってもらいました。

大川 それが15年くらい前のことですよね。

中野 そうですね。そこからは、2〜3ヶ月に一度東京に行くたびに、空いた時間には大川さんのところに遊びに行っていたんですよ。もちろん仕事に繋げたい気持ちはありましたけど、まずは関係性を深めるために通い続けようと。話す内容も商談というより、身の上話9割、ガラスびんの話1割くらいで(笑) 通い始めて2年ほど経ってから、「こういうこと考えてるんだけどできる?」と会長から相談していただいたんです。

大川 中野さんが話のネタとして持ってきてくれたガラスびんの見本、今も大量に残ってますもん(笑)
こう聞くと粘り強い営業の賜物のように感じますが、入社してからずっと営業職だったんですか?

中野 いや、最初は研究部に配属されて開発をしていたんです。1987年に親会社の日本山村硝子株式会社に新卒で入社したんですが、当時はガラスびんの需要が高く、いかに安価に、いかに大量につくるかを研究していました。製造機械の回転率を上げるためにガラスびんの軽量化を進め、軽量化できたら次は強度を高めようと、毎日のようにガラスびんを割っては改良を重ねていましたね。

大川 おお、もともと製造畑だったんですね。そこから分社化された山村製壜所に異動されるんですよね。

中野 そうです。研究職を3年ほど担当して、山村製壜所に異動したタイミングで、いきなり営業職を任されるようになりました。

大川 毎日ガラスびんを割っていた日々から一変…!

中野 それまでずっと、“あと何グラム軽くできるか”ということばかりに執念を燃やしていて、商品がいくらで売れるかなんて考えたこともなかったんです。興味がなかったと言ってもいいくらいで(笑) 異動して初めて、ガラスびんの値段をどうやって決めているのか知りました。

効率化の追求から、新しさの探求へ

大川 親会社と山村製壜所では、会社の性質も違うんですか?

中野 山村製壜所は、小ロット生産の新しいガラスびんを開発することに特化した会社なんです。当時の製造現場は四合びん(720mlの酒びん)の量産に最適化されていましたが、そうではない環境もあっていいだろうと。お客さんからのニーズもありましたし、柔軟に対応できる会社をつくろうという背景があったんです。

大川 業界が効率的な量産を追求する一方で、それに抗い、ガラスびんの新たなあり方を探求していくスタンスだったんですね。そんな環境の中で、経験も興味もなかった営業職にどう向き合っていったんですか?

中野 前向きに営業をしようと思えたのは、地ビールブームの頃です。小ロットでガラスびんをつくりたいという依頼が増え、その仕事を担当して気に入っていただけたことが転機になりました。それまでは営業の仕事に乗り気になれませんでしたが、先輩の働きを見ていくうちに自分でもできそうなことがわかってきて、ちょっと頑張ってみようと思い始めていた時期でもあって。
そこから自分なりの楽しさを見出したと言いますか、営業がぐっと楽しくなり、さまざまなガラスびんを手がけるようになりましたね。

大川 その感覚は自分もよくわかります。気乗りしない仕事でも、どこかのタイミングで手応えがあると一気に軌道に乗りますよね。
中野さんは研究職を経ているから製造視点の話もできますし、数グラム・数ミリ単位でこだわり続けてきた経験があるから、お客さんにもガラスびんへの情熱が伝わるんだろうなと思います。

中野 お酒も飲めないしゴルフもしないのに営業を続けられてるのは、そのあたりが強みになっているのかもしれませんね(笑)
とにかく私がずっと考えているのは、「世の中にないガラスびんをつくれないか」ということ。ほんの僅かでも違う形でいいから、少しでも趣向を凝らした新製品をつくりたいと常々思っていますね。

大川 本当に、中野さんのスタンスには大川硝子もかなり支えてもらってますよ。